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ユカイなアイのセカイ

夜中3時、遠くに住む家族(のような大切な人)から

「お休み中ごめん!今日記念日になった!」

と短文が入っていた。

 

普段は送る時間も冒頭の挨拶も丁寧に考え、記念日なんて苦手だと言っている彼女から送られてきたそれは早く伝えたいというスピードと嬉しい嬉しすぎる!という高揚感に溢れていて朝一番にその文字を見て笑った。

 

何歳までを女の子と呼ぶのか日々疑問に思っているし、女子会というものを心底嫌悪している私だけど、今女の子である人もかつて女の子であった人も好きな人の話をする顔が一番かわいいと思っている。なにも恋愛での話ではなくて。家族とか友人とか。

彼女達の話す表情から伝わる、話題にしている人に対する「愛情の深さ」みたいなのが大好きなのだ。

うっへー、そいつめっちゃ愛されてるじゃん!と知らない人だけどこっちまで嬉しくなってニヤニヤしたりする。

 

愛情を注ぐ

 

って、愛って注ぐという表現なんだね~なんて話をかつてした。

あげる、渡す、とかじゃなく注ぐ。液体みたいなもんなのかしらん。たぷたぷんと。

注いだり注がれたりしている関係をぼんやりあたたかく見ているのが、私はたぶん好きなんだと思う。液体と同じくして形がない愛なんてものを大切にしている関係が嬉しくなる。

 

生活は日常の積み重ねだ。注いだり注がれたりは少しずつだから気がつかないけれど、変化しないと錯覚した日々のルーチンが振り返った時に「なんだ愛ばっかじゃん。」と微笑んでしまうものがいいな。

 

みんな家族や恋人、好きな人にこれからも愛を注ぎ、日々を重ねてくれたら私は毎日にこにこニヤニヤして幸せに過ごせる。もちろん私も。