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白日

「かわいい」が挨拶のような、美への基準がぐんぐん上がっているとひしひし伝わる日々の空気。求められる可愛さとは逆に下げられていく服の価格。毎週毎週新作が並ぶ店頭で「ああ、誰が泣いているんだろう」という考えが一瞬頭によぎる。

値段関係なく本当に気に入ったものしか買わない、買ったら大事に着るを己のルールとすることでせめてもの救いを(自分の罪悪感に対しての)と思っているけどその救いも通用するのは身にまとうものだけに限られるのではと思う。

服とは違い目に見えない自分自身のあるべき姿を平凡な日々で描くため、尚更重要になってくるのが自分のセンスただ一択。服のように毎週新作とはいかない。それでかつ表現とは常に動いているのだからこれでいいのかという疑問は24時間つきまとう。

 

お母さんのお腹の中にセンスを置いてきた私は、ふと両手を見たところで「おやまあ何もねぇ」の感想しか出てこない。

彼女と出会ったのは何がきっかけか。ぼんやりとしか思い出せないけど今でも鮮明に覚えているのは「私は自分のセンスに確固たる自信がある」と言ったことだ。その言葉は一ミリも嫌味がなく、完全に彼女そのものだった。

 

出会って数年経つ今日もそんな事を思い出しながらジュウジュウとたこ焼きを作った。ここではない何処かへ。それは幻想のまるで魔法の台詞のようだと残りわずかな20代を過ごす自分を思い、それでも目の前のたこ焼きは美味い。流れる「真昼に見た夢」が終るころ私たちは満足してソファを見に出かける。

 

一人暮らしの部屋には大きすぎるソファを物色しながら、これがあったらという想像を話しては盛り上がる。フェイクで飾られた風景の壁紙を見ながら展示のソファに座り込みこれが夢見たアーバンライフかとふざけたりした。

帰り際、ポツンと川沿いに立つ風景とはアンバランスな派手なハイツの壁面にデカデカと「アーバンライフB」という名前を発見してお互いクスッとなる。

 

私たちが描くのはアーバンライフではない。ルーラルを楽しめる柔軟さと敏感な選択。そこに立つまでに背負ったものを払拭し、確固たるセンスをぐっと握りしめた彼女の背中はいつも優しい。そして華奢な体に反して大きく見える。

私の大好きな人たちはいつもそうだ。決して横柄でなく自分の存在を丁寧に表現できる。改めてこれからもその先を見つめる彼女達の片隅に穏やかに在ることができればなと思った。

たこ焼き美味しかったなあ。

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