何かの何か

誰かから好意を持たれるということは素直に嬉しい。その好意をどうするかは別として単純に気分が上がる。私という生き物を好いてくれるなんてまあ!と嬉しくなる。

 

撮影の同行で取引先の社長と半日一緒だった。セット→撮影→解体 を何十組と繰り返し淡々と作業しつつ口だけはその人と会話をしていたので、作業リズムに合わせて話を深めてしまい少し後悔している。

何かあったら連絡してください。と渡されたそのメモ。何かの何って何…。とぐるぐる考えながらつい「何かって…」とつぶやいてしまった。相手は「いや、何もなくても気軽に、普通に。声かけてもらったらいつでも迎えに行くんで。」とケラケラ笑ってた。

「何かの何」を無視して日常を過ごしている私はズルいのかもしれないけど「何か」じゃわからないもんね、と言い訳をして明日もきっとそのままだ。

 

誰かから好意を持たれるということは素直に嬉しい。その好意をどうするかは別として単純に気分が上がる。だけどそれを利用してはダメだ。好意を消費するなんて相手も私も傷つく。それでもグッと落ち込んだ部分を救ってもらえた事実に対しては感謝を込めて丁寧に扱えたらいいな。