好きな人たちが集まるアパートで生活したい

 

「はやく子供産まなきゃ年齢的にもきびしくなるでしょ~俺子供好きだからはやく欲しいんだよね」そう言われたのは遠くもないいつかの日

一回セックスしたくらいでお前のモノみたいに扱うなよ。ショックだった。本人はそういうつもりは無かったのかもしれないけれどタイムリミットが設けられたマシンのような目で見られているのではと思った。産婦人科でも出産経験者でもないお前に何が分かるんだという気持ちがジワジワわき出てきた。

 セックスくらいいくらでもしてやるから自分の人生計画にさも当たり前のように私を組み込むのを止めろ!と心の中で100回思った。

 

クソ田舎では未だに結婚出産の話で優越が決まる事が多い。私なんて最たるもので「能力が無い」なんて言われたこともある(あのクソジジイ許すまじ)

世間一般でいう段階を踏まなければ認められない世界にいる人は私だけでは無い

という事実を知れたのはインターネットをやっていて良かったと思えたことだ。だからといって納得いく解決策が生まれたわけではない。「うまく付き合っていく」しか無い。

 

おそらく周りの目を気にしている私が一番ダサい。もっと自信が持てればいいのにな。自分が描く理想郷はどこにも無いと薄々感じている今、自ら安心の世界を作らなくてはと思っている。

分かってもらえない不安がずっとあるからこそ、誰かを分かろうと動けるのかもしれませんよ、と言われた事が心の奥で少しずつ咀嚼されている。

私以外はみんな宇宙だ。知らない宇宙。姿形が「人間」で統一されているだけで全く異なる意識を持つ空間であることをずっとずっと忘れずに生きていたい。否定も援護も過剰にせず多数の意見と違う存在があればただそれだけ、なにも特別じゃないと思える心でいたい。

 

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都会のイルミネーションは1人で見ると死にたくなるけど2人で見ると100パー生きる

よく歩きよく喋りよく笑った日曜日。

12月は普段見る街もいつもと違うようで
みんなちょっとソワソワしていて
全然関係ない私も嬉しくなるから好きな月だ。

あっという間に一年か。かといって寂しさもやり遂げた感もない。日常が一歩ずつ繋がってただいつもの明日が来る感覚で何十年も経っている。

同窓会で良い女って言われたいな〜と言う友人に同意しつつ一度も同窓会に出た事が無ければ卒業アルバム燃やした事を伝えると「闇が深ぇぇ〜〜」とゲラゲラ笑ってくれた。

つまりそういう事。否定したい過去も笑い飛ばしてくれる今があることのなんと素晴らしい事か。

死にたいは生きたいの表裏一体であるって眩しすぎるイルミネーションに歓喜しながら強く思った。

みんなが夢中になってベストポジションの中撮影を試みる様子を尻目に、止まる事なく走りながらイルミネーションをパシャパシャ撮影している友人は「こんなもの撮っておけばいいんだ!」とヘラヘラしてケータイのカメラを振り回し最高にカッコ良かった。

光はただの光でしかなく収めることすらバカらしく、目で見たそれが全てである。今この時の空気と温度と音と光が全集合となってイルミネーションとなる。そんな気がした。

だけど私は撮ってしまったけど。
過去も未来も踏み倒す勢いで今にしがみついているのはそれを笑ってくれる人がいるからという一枚。

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天が高くなくとも、秋が過ぎても、肥ゆるものは肥ゆる。

先日、一日中寒空の下過ごしたら、なぜだか手がパンパンに腫れてしまった。皺も拳のくぼみも全部消えてしまうくらいに。

みんなに「手が太った!手が!」ってゲラゲラ言いながら見せては「うお、気持ち悪」「完全なデブじゃん」なんかを言われつつ。もちろん手が腫れてしまった原因は寒さによるものなんだけど。だけどひとりのおじいちゃんが

「痩せるよりずっといい!」

とにこにこしながら声をかけてくれて、痩せなきゃまじやばボディなんだけど、その言葉と表情がやけに可愛くて嬉しくなった。

痩せるよりずっといい!ってここ何十年も聞かなかった台詞だよ。

私は好きな人たちがごはんをたべるところが大好きなので、ガンガンにこの台詞を使っていこうと思う。

 

食べるは生きるだし美味しいは正義だ。

Merry-go-round

振り向けば当然のごとく自分が成して来た物が形となりそこに残るとばかり思っていた。
今振り向いてもなんの形も影どころさえない。
真実は良いことばかりではない。

毎日毎日ほうれい線のストレッチばっかしてんじゃないよ。

正しさを突き詰めると幸せになるとは限らないけど、突き詰めるほどの意志があることはきっと幸せだとは思う。

 

大学生みたいな遊びをし、ヘラヘラ笑って過ごしたけど私は誰かと一緒には生活出来ないという塊がずっと頭の片隅に残っていて、
ああこの人が描く未来通りに私は進めないんだなと申し訳なさと自分の不甲斐なさがグリグリと腹をえぐる。おえ。

 

こういうところが問題で、こうしたらうまく進める気がして、だけどアレが課題だと思うんです。
心理の担当の先生には事細かにそれを話すことが出来、自分のダメなところが山ほどあげられるのに一言「それを(私)さんは許せますか?」に息が詰まった。答えられなかった。
答えられないままずーっと来ている。

 

解決できる、出来ないがメインである気がしてそれを許すとかそんなこと考えてもみなかった。


考えてもみなかったし、考えたところで今「許されるものでは無いだろう」という答えしかない。本来なら許してほしい。だけどそれは甘えに捉えられてしまうのではないか。

そもそも誰に許してほしいのか、先生が聞いてきたのは「あなた(私)は許せますか」という問いだった。


私の中で許されると思っている世間の基準まで進めば、きっと自分でも「これで許される」と納得出来る気がする。
だけど自分が苦痛で仕方ないから避けてきた道を、無理矢理歩いて基準まで行けたとして果たして私は生きているのだろうか。

 

私が抱える「許す」ってもっと開門のごとくその後と前じゃガラリと変わる物だとばかり思っていたけど、実は僅かな隙間からジワジワと染み出て、気がついたら容器いっぱいに溜まっていた…というのがごく自然な解決のかもしれない。

 

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もういくつ寝るとお正月だよ全く時の流るる事の早いこと。

 

 

オマエは未だに人生に期待しちゃってるんだよ

これからも普通に生活してれば、

いつか誰かと出逢うだろう、素敵な女の子が現れるんじゃないかなぁ

まさかず〜っと独りってことはないだろうなぁ、ってな、漠然と。

高校生みたいに。


いいか、はっきり言っておくぞ

30すぎたら、もう運命の出会いとか、自然な出会いとか

友達から始まって徐々に惹かれ合ってラブラブとか

いっさいないからな。

もうクラス替えとか、文化祭とかないんだよ

自分でなんとかしないと、ずぅ〜と独りぼっちだぞ、絶対。ずぅ〜っと

危機感をもちなさいよ、危機感を

 

 

 


(映画『運命じゃない人』)

 

映画の運命じゃない人、だーいすき。

今日で10月終わりだってまじか。

仕事のプレッシャーで自殺したり歯がボロボロ抜けたり彼氏が浮気したり猫が居なくなる夢を見た。

 

大好きなススキも金木犀もじっくり感じる事なく、お月見も日中の空が高く気持ちが良い空気も味わう事なく終わった。雨がジャンジャン降って秋晴れって言葉は都市伝説か何かだと思った。

 

もっとやるべき事はあるだろうに。やるべき事…やるべき事?

やるべき事ってものにこだわるのは苦しくってダメだなあ。理由なくすんなり手にする物事が私の本心だよなあ。

 

 

危機感を持ちなさいよ、危機感を。

私の生活よ、縛られるな。

 

グッバイ10月。

運命じゃない私の生活。

マボロシじゃない現実。

気が狂いそうで楽しい!

寝て起きてハロー11月。

 

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鎮座ドープネスがいつも角刈りにしている床屋の名前はイルカ

ドチャドチャに働き詰め、あと1日というところで残りの仕事を明日の自分へ託し定時ダッシュをキメた本日。

明日の自分が死んでもいいから、ここはダッシュしなくてはいけなかった。結果明日の私は死なないし今日の私最高という気分の今。

 

走る電車の中を貸し切ってラップとタブラを聴くという、誰がこんな意味分からない企画考えたんだよライブへ行ってきました。

 田舎を走るわずか二両の電車の荷台にはミラーボールや7色ライトが乗せられ、本来の電灯は消え、うっすらとした青紫に発光する車内。それだけでも十分怪しいのに電車の最後部にはパフォーマンススペースとずらっと並んだタブラ。

 座席から通路、つり革にぶら下がり、床にしゃがみこみ、あらゆる方向へ移動しながらでもその目はまっすぐどこかを見つめる2人のラッパー。無言かつ無表情でそして軽快に叩いているのに車内に響き渡るタブラのおばけ。

 

使い慣れたはずの電車は観客の熱気と車内の気温も相まって、窓は蒸気で真っ白に。
どんどん上がるリズムが心拍数をさらに押し上げ、自然スモーク化した窓ガラスの外を通過する踏切遮断機の真っ赤なライトが車内ミラーボールに反射し、くるくる回ってここは一体どこだろうという錯覚に陥る。

 日常という電車の中で繰り広げられる非日常が楽しくて楽しくてどんどん体が浮いてきてどこまでも行ってしまうかと思った。宇宙の果てまで走る電車が存在する!!そう思っていた矢先暑すぎる車内のせいで誰かが窓を開けた。

昔ながらの上にぐっと押し上げる窓、ギギっと音を立て開いた先には長方形に切り取られた現実がスッと目に飛び込んで来た。スコーンと飛び込んできたそれは
あ、こっちの世界だったか、私の生活は。と思わせるには十分な重たい重たい夜に見えた…少なくとも私には。
街灯1つすらなく、真っ暗に深く深く広がる夜がただただ長方形の窓枠を流れては空気を搔き切る音が圧となって入り込んで来る。

 それでも止まないリズムとミラーボール。一瞬ひるんだ長方形の闇は、でもこれがあってこそだよな、私の生活は。とさえも思えるグッと腹の底から日常の面倒臭いが全て吹き飛ぶ気分だった。正の気持ちに負の現実が向き合った時になかなか正の方へ突き抜ける機会は少ない。

 

ずっとずっと止まらないで電車と祈った。
https://youtu.be/xSdHgO6XWio

 

リズムが音が光が楽しい。
ただそのシンプルな嬉しさを改めて脳内爆破ダラリ溢れ出した時間だった。以上。

 あと途中後方から調子の外れた合いの手を入れてた女の人がいたんだけど、振り返るたびにだるまさんがころんだ状態で近づいてきていて、最後にはおっぱいを押しつけながらの河津掛けをされたので酔っ払い怖い。以上。

 

地上を走る銀河鉄道999に乗ってしまった日。

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よっぴらった

アルコールを自分で買って、かつ家で飲む。そんな事年に数えるほどあるかどうか。だけど最近アルコールを貰うことがある。今までは横流しで人にあげていたけれど、今日は飲んでいる。変な気分だ。よっぴらってる。

 

酔っぱらったをよっぴらったと言うのが好きだ。よりだらしない感じがする。余りもののおかずを並べグラスに注ぎ仕事の愚痴でも言いつつ飲むべきか。人生に対して実はそれほど愚痴は無い。根暗で膝を抱えて生きていたけど、進行形だけれど、別に私は自分が好きだ。割と頻繁に「死にてぇ」と思うけどそれは「生きてぇ」と同意だとなんとなく最近わかってきた。

 

昨日見かけたよ。笑いながらハンドル叩きながら運転してたね。

(かなりの境地)

そう声をかけられた。一人で車に乗っているはずなのに私は自分が思っている以上に基地外じみた行動をしているようだ。自分が思っている以上に人は私の人生を楽しいものであると捉えているらしい。最高じゃないか。

 

誰かが過ごせなかった明日を、私は過ごしている。さもあり気な台詞。誰かの誰って誰だよ(難しい日本語)とは思うけど私にはその誰かがいる。ずっといる。

 

ケータイから流れるラジオ、横で好き勝手くつろぐ猫たち、いただいたお野菜、近々届く郵便

生活はすべて愛おしい。明日目が覚めてまた「死にてぇ」と思いながら外に出るのだ。1秒先は未来。OK余裕。

 

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