議論深まった。あー議論深まってよかった。議論深まってよかったわー。

自分の意見を主張しなければ、劣っていると判断されるような空気を感じることが多々あって、どこでも意見交換をする、日常的に政治経済の話題をする…それが出来なければちょっとね…というのが増えた気がする。やめてほしい。

どうでもいい、どっちだっていい、考えたくない、という発言は下に見られてしまうのではとおびえている自分もいる。正直言うと政治経済に関して「どれもこれも同じに思えるし左派もリベラルも共感できる部分とそうじゃないところがあるからあまりその話題はしたくない」というのが本音。選挙なんて糞尿まみれのゴミの中からできるだけクソが付いていないゴミを選ぶという感覚があるので「これが最高」というより「仕方なくこれで」と思っている。

どんな思想でも本人らしくあることが大事だと思うので、そこの違いで人付き合いに線引きはしたくない。けどいつもその話題ばかり出るのはしんどい。

次の休みはなにしよう、とか、睡眠はサイコー、みたいな事しか話したくない日が8割の私はどうしたらいいのか分からなくて困惑する。その意見に反対でも賛成でも無く、でも「○○しね」という言い方は嫌じゃん。許せない事があって例え頭の中でそう思ったとしても人と話す時に馬鹿だの死ねだの言いたくない。白熱しすぎて止まらない人をどうしたらいいんだろうと遠くから眺める事が最近増えた。

いつだったか県のプロモーション動画がツイッターの広告ツイートで流れて来て、リプライの数が結構あるので見てみたら殆どが政治的な事ばかりで怖くなった。どういう考えかは自由だし私がどう思うとかではなく、”ただただ観光誘致目的の県のPR動画“にそういうの書くの怖すぎる…と震えたことがある。

どんな場面でもSNSで矢継ぎ早に叩ける場所を見つけたらガンガン激突している人たちを見かけたら「ああ、もうおしまいだ。」と絶望する。そこで私がどんな考え方でこの先どうして行こうとかいう前向きなものには全然昇華できなくて「いろんな出来事を調べても調べてもなにが正しいのか分からなくなっていく。なんっっにも知らずにさっさと死ぬのが一番良い。」という考えに至る。

うまく生きていける気がしない。すべてを忘れて転がる日々を送りたい。

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9月がもうすぐ終わる…という書き出しで下書きをしたままの内容が保存されていた。あっという間に終わって10月も1/3過ぎた。

大好きな冬がやってくる。嬉しいけれど時間の流れについて行けなくて戸惑う。時々このまま毎年が秒で過ぎ去り死んで行くのか…と思うとさっさと寿命全うして元気なうちに死にたいなという考えがよぎる。将来とかこの先の話なんて考えられなくて今を生きることに必死な私にとって数年先を描くことは苦痛以外の何でもない。

何からどう動いていいのか自分の事なのに分からなくてそれが最善じゃ無い事は分かっていても「諦め」を選ぶしかない状態というのが増えた。こうやって狭くなってきた道を必死で進むより早く断ち切った方が良いのではないか。としか思えないのは何故なのか。

 

私は私で大丈夫だと思いたい。その一心でずっと生きているのにどんどんそう思えなくなってきてただ何もしてない時間だけが毎年加速して過ぎて行く。何も考えたく無いし今この瞬間にトラックが激突して全て終わらないかなと思うという話をしながら泣きもしなかったのはこれはもうどうしようもないと分かっているからだ。

家族を悲しませたく無いな、だけが柱になっているので私は私で大丈夫という柱が欲しい。怖い夢ばかり見て起きても何にもならない現実を過ごしているとどっちが夢でどっちが今の生活か分からなくなる。客観視するために付けているこの文も見返すとずーっと同じことが書いてあって私の根本は変わらずなんだなあと立ち止まっている。

 

みんなどうやってこの壁や重りをコントロールしているのだろう。信仰心は無いのに明日の私が楽しくありますようにと祈るしか出来ない。

画像は似ていると言われたもので、顔は一切見えないのに笑えるくらい私感が出ている(首や背中や顎の線)

自分を静止画で切り取った状態で眺められるようになりたい。しなやかで余裕のある心はいつになったら手に入るのかなあ。めそめそしたまま大好きな冬を過ごしたく無いなあ…。

 

 

みんなが元気でいてくれたらそれだけで幸せってこと、忘れずにいたい

カウンセリングの先生の目頭にキラキラのラインが入っていて、素敵だな…素敵だって伝えよう!と思っていたのに言えなかった。言おう言おうと思っていることもすぐ忘れてしまって相手が目の前にいない時に思い出す。

良い映画を観た後は幸せな気分とその100倍もの「もう生きたくないな」が襲って来てぐしゃぐしゃになってしまった。普通に生活している。生活しているけど1ミリ皮をめくったら「生きられないどうしたって」という気持ちがスレスレのところで張っている。死にたいわけではない。痛いの嫌だし。

だけど生きることも難しい。感情は複雑だ。

来週、来月、来年と楽しい予定を入れているはずなのに「果たして私は本当に楽しいのか。ただその日まで生き延びる為の経過ポイントとして予定を入れているだけなのでは」という面倒くさい感情が常に付きまとっている。それ最高だ!と笑ったそばから早く何もかも終わりにならないかなという虚無が追いかけてくる。

 

死にたいと思ったことあるよ…といつだったか姉に話したらめちゃくちゃ怒られた。そんなこと二度と言ってはいけないと。死にたいじゃなくてどう生きていいのか分からないって言いたかったんだな。本当は。家族みんな大好きだから悲しませたくはないけれど私がどう生きていいか分からないなんて言ったら、それはそれで悲しませてしまうかな。

 

夜が明ければまたフラットな気分が瞬間だけど戻ってくる。そこまで耐えるのだ、夜を越えなければ。そういえば今年の七夕は何も願いをかけなかったな。随分過ぎてしまったけどまっすぐ立てますように。七夕過ぎてもみんなの願いが叶いますように。

 

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うれしい悲鳴をあげてくれ

姪っ子と一緒だからという理由で観た大して興味も無かった映画が、思いのほか楽しくって後から調べてみたらプロデュースにいしわたり淳治がいて「えーこんなところに」と驚いた。よく考えたらじゅんじだけ抜きん出て大成功か…とスーパーカー大好き人間の私は青森に1人帰ってしまったコーダイについてジッと考えてしまう。

ただのファンだった私が考えなくったって他人の幸せなんてその本人にしか分からない。そこに救えなかった自分の姿を投影しているだけだ。

 

シロサイがまた密猟されたという話題と友人が現在パイパンであるという話が同時進行に入ってきて脳が溶けた。友人は「相手の喜びようがみんな共通している」という自己統計までとっていて笑ったけど、股に毛があるかないかだけでなんであんなに人間は喜んだりするのか。同じ時刻にシロサイは絶滅への道を進んでいて、それを同時系列で考えるのはあまりにもかけ離れているけど現世界上で本当に起こっていること。変な話。あ、希少なものほど価値があると思ってしまう心理は一緒なのか・・・(馬鹿)

 

人間は人間によって絶滅するのかもしれないなと考えながら、確実にスタートしている終わりに向かってなぜ進まなければいけないのかと頭をひねってみたけど何も分からなかった。幸せを集めて今を過ごすことに精一杯だ、いつも。

みんな当たり前のように「明日も生きているしいつもと変わらない」と思ってしまう。打破しなきゃいけないわけどもないけど、同時にその「いつも」が続くという保証はどこにもない。

みんな自分の場所で生きてる。その生に貴賎はないけれど、でも、どうしてもそこに違いは生まれてしまう。その違いを私たちはどう受け止めたらいいんだろう?

脳内の右端から左端までものすごい勢いでくだらないことから死にたくなる感情まで流れていくのでそろそろ限界だと思う。今月も仕事で病院に行けないかもしれないからなんとか心を保たなければ。

 

明日が今日になる瞬間を祈るように迎える。

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8月になった=今年もおしまい

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連日悪夢で何度も目が覚める。だいたい「うああ」と唸りながらだったり、グッショリ汗をかいていたり、泣きながらだったりする。

 

ダイエットを始めて3週間、少しずつ痩せてきたけど同時に胸も無くなってきた。F~Gをうろうろしていた物はすっかり溶けてなくなって、おっぱいはただの脂肪であることを自ら立証した。服をかっこよく着るには断然胸がない方がいいのだけど、あるものが無くなるというのはまあ寂しい。となると痩せてて巨乳な人はなんたる奇跡だよ!と思うけど案外周りにはそんな人が多くて「神は二物を与えまくる~!!!」と嘆いてしまう。何も失わずに何かを手に入れるのは(私にとっては)難しいという人生のオールテーマをここでも痛感。

 

この前のお休みはすごく楽しく過ごせていたのに最後の最後で気分が最悪になってしまった。ハッキリとした原因は分からなくても「なんかこの人とのやりとり食い違う…」て人との連絡は断つほうがいいなって改めて思った。いつからこんなにズレが出てきたのだろうか。そこまでして私はこの人と何がしたいのかって考えてもぼんやり曇った虚無が浮かび上がるのみ。しがみつくのはみっともないな私ってばと悲しい気分を今も引きずっている。なにもかもが中途半端な私はだれかときちんと向き合って話すことに苦手意識があるのかもしれない。ふざけるか拒否するかの二択。いいかげん神経質な感情と寛大な心を交換したいところ。

選んで欲しいわけではなく、対等であるということが一番尊い

 

大量にもらったブルーベリーはジャムにするにはあまりにも多すぎるので、リカーと氷砂糖に漬けてお酒にしてみようと思う。完成するまで4ヶ月かかるらしい。年末じゃないか。そのとき私は何をしている?にこやかに完成したブルーベリー酒で乾杯できていればいいなあ。

 

 

昨日の今日でこれだからもう

久しぶりに外出時の心が滅タイムが来てしまい、ドラッグストアでお買い物しながらポロポロ泣いてしまう事となった。(声をあげることはないし、買わなきゃいけないという意思はあるのでポロポロ泣きながら淡々と買い物をする見た目もヤヴァイ奴になっていたんだけど…)

 

私はほとんどの人がなんの疑問も抱かず越えて行く項目にひどく抵抗があるのだけど、それはもう仕方ない自分の性格だと近年になって割り切る強さが生まれた気がするのに、たまに現れる「どうして出来ないの?」を突きつけられる場面が重なると悲しくってやり切れなくなるのだ。

 

悲しいというのは理解されないという意味も数ミリあるのかもしれないけど、みんなが何とも思わず出来る事になぜ私はこんなにも頑なに拒否してしまうのだろう…という自分への情けなさから来ているのが主だ。

 

猫を撫でて音楽を聴いて膝を抱える。はやく苦しい時間が過ぎてくれ!と祈りつつ過ごす。

100パーセントなんてこの世の中に存在しないんだろうけど、100パーセント大丈夫になりたい。

 

Humbert Humbert - Tora [Official Music Video] - YouTube

 

あついなつ しゃるうぃーだんす

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友達が少なく、かつ夏はべらぼうに忙しいのだけど、それでも隙間に収まらないくらいの楽しさが予定されている夏を過ごしている。イル。

焼けたくないのに焼けてしまうし、こんがり小麦肌とかになるならまだしも首だけ黒くって「顔浮いてない?」状態になるのが毎年の決まりになってる。本当はこの夏引っ越す予定だったけどなかなか決めきれず、冬まで流れてしまうのかな~とうすうす。暑い時に引っ越すのは...とか、忙しくて内見できないし...とか理由をつけてはいるものの、ようは決心がつかないだけである。

みんなが就活をしているその時からず~っと「将来とくになりたいものはない」「自分の帰る場所がほしい」「その空間を大切にしてそのために働いて生活する」と言っていたけどこの歳になっても変わらないようだ。

ところがその「帰る場所」という正解がなかなか見つからない。誰かと過ごす心地よさと一人で閉じこもる安心は同一線上にはなくて私はどこをふらついているのだろうかと立ち止まったりしていた。

だけどこの暑さでそういうのは「一端やめー!休憩!まじで脳が死にます!ラフに!」という指令が出た。そう、だからこの夏は自分の帰る場所=我が家最高!という自分本位のままですごそうと思う。

誰かの為に心を開けるのは幸せだけど、とてもとてもパワーがいるという事も知っているので猛暑を理由にこの夏は楽しく過ごすだけに集中したい。